★ABOUT JESUS Vol.3

●Vol.3:ゴスペルは明るいのか暗いのか



忘れられた頃に更新です、About Jesus。前回はクリスマスということでゴスペル音楽にとっての"light"つまり光の意味についてお話ししました。ゴスペル音楽が連想させる光り輝くブライトなイメージは、キリスト教の中でJesusその人が「光」の比喩でもって説明されていることを考えれば不思議ではないという訳ですね。じゃあ光つまりJesusが照らす「暗闇」とは何だろう、というのが今回のお題目です。そりゃあなた、暗い世の中をぱあーっと明るくするためにやってきたのがキリスト様なんでしょ、という声がもう聞こえてきそうですが..。

ではちょっと角度を変えて、ゴスペルは明るい音楽か、それとも暗い音楽か、という点について考えてみましょう。みなさんはどう思いますか? これが結構簡単には言い切れないと思うんです。みんなでハンドクラップして「オーハッピーデイ!」みたいなハッピーな曲ばかりでもないからね。

ゴスペルの原型とも言えるニグロ・スピリチュアルの中にこういう歌があります。"Nobody Knows The Trouble I've Seen"。楽曲的には短調の曲じゃないんだけど、なんか重い、ちょっと息苦しくなるような雰囲気さえある曲です。題を直訳すれば「誰も私の悩みを知らない」というところでしょうか。あれれ。びゅうううううと風が吹いてくるような、もう救いようのないというかフォローのしようのない題名ですよね。実際この歌の主人公に何があったかは知らないけれど、"trouble"ということばに人生の苦悩というかやりきれなさというかがにじみ出てくるような歌なんです。
ただ、ここが面白いというかキモだなと思うのは、曲の歌詞がこう続くところです。

   Nobody knows the trouble I've seen
   Nobody knows but Jesus
   Nobody knows the trouble I've seen
   Glory Hallelujah!

    "...but Jesus"というのは、「Jesus以外は」ってこと。つまり「Jesus以外は私の悩みを知らない」んだから、言い換えれば「Jesusだけは知っている」ということなんです。誰にも言えず人の知らないことで悩んでいる自分..っていう暗〜いネガティブな状況が、Jesusはちゃんと分かっていてくれてる、っていう肯定的でポジティブなメッセージになるんです。そして最後には"Hallelujah!"と神を賛美して叫んじゃう。英語特有の言い回しではありますが、僕はここにゴスペル独特の、完全な「暗」から完全な「明」への大どんでん返しがあるなと感じてきました。そしてこのイメージこそ、暗闇の中に光がやってくる、という前回お話したJesusの見方に合うと思うんです。

この曲のように、一見暗く重苦しい状態が何故か、いつの間にか、非常にポジティブで明るい見晴らしへと変わっている、というような歌はゴスペルにはたくさんあります。 暗闇のなかに光が差してくる。絶望の中に希望が生まれる。苦しんでいたのに解放される。でもこれも、黒人霊歌がもともと奴隷生活という極限状況の中から生まれた讃美歌であることを考えれば、当然とも言えますよね。

だから、光であるJesusが照らす闇というのは、他ならぬ自分自身の置かれた状態であると言っていいと思います。そういう意味で、ゴスペルを共有する者にとってのJesusというのは、ただまぶしい光というだけではなくて、自分の"trouble"を映し出す鏡でもあるのです。

  ゴスペルが「明るい」音楽なのかそれとも「暗い」のかという問いについては、そういう分け方からして間違っているのかも知れません。明るいだけじゃないし暗いだけじゃない。理想だけじゃないし現実だけでもない。そういうリアリティーのある音楽だから、心を打つんじゃないでしょうか。輝くスポットライトの中で「オーハッピーデイ!」と笑顔で歌えるのは、実は自分が生きてきた暗闇を一番よく知っているからじゃないでしょうか。そう僕は思います。


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