★ABOUT JESUS Vol.1

●Vol.1:はじめに



ShioyaにHush HarborのAbout Jesusページを書いてほしいと頼まれた。
合点! Jesusなくしてゴスペルが語れようか!

しかしまあ、彼について書こうとするとたんに溢れ出てくるこの思い。どこから書いたらいいのやら?

「イエスが行われたことは、ほかにもたくさんあるが、もしそれらをいちいち書きしるすなら、世界も、書かれた書物を入れることができまい、と私は思う」

とは、何を隠そう聖書の一句。新約聖書の著者の一人とされるヨハネ(英語だとJohn)の言葉です(どこに書いてあるか知りたい人は聖書のヨハネってとこの最後のあたりを探してみよう)。

「世界も、書かれた書物を入れることができまい」とは何て素敵な表現。しかし今やデジタル時代。大量の文字情報はハードディスクやCD-ROMに格納することができるから...などとはここでは考えないことにしましょう。それよりも、ヨハネの言葉をかみしめてみよう。とても書き尽くすことのできないもの。それは、無限ということ。永遠ということ。普遍ということ。そういうものがある。それはちょうど、限りがあって、時間が制限され、やがて朽ちるべき存在である僕ら人間や、そんな僕らが書く書物とは対極にある存在。それは、神だ。これがまずキリスト教のスタートポイントなのです。不完全で死すべき人間が完全で永遠である神に向かい合う。これはたくさんのゴスペルソングの歌詞の中に立ち会われてくるテーマです。

こんな具合に、体系的にというよりは連想ゲーム風(あ、古い?)に、ゴスペルとキリスト教の間を行ったり来たりするコラムにしたいと思います(今はゴスペルじゃなくてJohnから入っちゃったけどネ)。特に、ゴスペルについて興味があるけれど、キリスト教についてはよくワカラナイ、と思っている方、また大好きなゴスペルソングの歌詞の意味についてもう少し知りたい、なんていう人にも役に立つコーナーになればいいなと思います。

キリスト教は、なぜ「キリスト教(Christianity)」って言うんでしょう。「キリスト(Christ)を信じてるから」? そりゃ言うのは簡単だけど、キリストを信じるってどういう事なんだろう。信じてるだけで宗教になるなら、何だってそうなっちゃう。UFOがいることを信じてる人は「UFO教」徒、死後の世界を信じてる人は「死後の世界教」徒なのか。そういう意味でキリスト教徒はキリストの存在を信じているだけなのか。ちょっと違います。じゃあ「キリストの教えを信じてるから」?これはけっこうありそうな答え。キリストの教え..それは高校の世界史の教科書にも載ってる。「隣人愛」とか「寛容の精神」といったところか。「あなたの隣人を愛しなさい」とは実際にキリストの言葉。ああ、素晴らしい教えだ。これは信じる価値のある言葉だ..。というようにこれを「信じる」のがキリスト教なのか。残念ながらこれでも完全な答えにはならないと思います。

ちょっと話が難しくなってきたので今回はこの辺で止めますが、じゃあキリスト教とはキリストの何を一体信じているのか、という問いが残りましたね。その答えはいまここでパッと書きませんけど、一つ今言えることは、この問いに答えるってことこそ、ゴスペルがやってることだということです。ずばり、キリストとは一体何なのか、わたしにとって何を意味するのか、それを伝えるのがゴスペル、すなわちgood news、日本語にすると「福音」ということなんです(福神(ふくじん)の「福」=つまりグッドな、「音」=しらせ。これ、いつ頃の日本人が訳した言葉なんだろうね。こんど調べてみてここで報告します)。従ってゴスペル音楽というのはキリストとは何なのかという本質的な問いににものすごく近いところで接しているんです。ゴスペルをよーく聞くとキリスト教がなぜ「キリスト教」なのか、きっと分かってくるはずだし、逆にJesusについて知れば知るほど、ゴスペルもまた味わい深いものになるに違いないと思うんです。 さあ、なかなかいい感じになってきましたね! 第一回はこの辺で。


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